2016/03/24

Rastafari Elder Memorial@Jarret Park, Mo Bay

3月25日の金曜日は恒例の長老RASTAFARIANのメモリアル・イベント。

1963年ジャマイカ政府のラスタ投獄条例により
射殺・暴行・投獄を受けた当時のラスタファリアン達の受難の歴史を今に伝えるイベント、
コーラルガーデン・メモリアル!

私も毎年ステージ・ショーの時間に歌で参加しています。
ラスタ長老追悼メモリアル・イベント。

入場料は経費を除いて長老たちへのサポート寄付となります。
Coral Garden Rastafari Elders momorial

テリーガンジー!楽しみー!

【コーラルガーデンの惨事とは】
1963年ジャマイカ、モンテゴベイのコーラルガーデン地区に
昔から住んで、畑を耕し炭焼を生業にしていたあるラスタマンが、
その土地一帯を買い取った白人の地主によって立ち退きを要求され、
それを断ったことで、不法侵入として警察官に拳銃で数発も撃たれ、
瀕死の重傷を負い、なんとか命は取り留めたが人口膀胱のチューブをつけて
傷も癒えないまま6ヶ月間劣悪な刑務所に投獄されるというひどい仕打ちにあいました。

出所後しばらくして、人口膀胱のチューブが劣化して腐ってきて
撃たれた傷口は悪化し、生きることをあきらめたラスタマンは復習を決意し、
その地主が経営するガソリンスタンドを仲間のラスタマンと火炎瓶などで襲撃しました。

60年代当時は政府の弾圧も強く、白人の社会的権力もあからさまに強かった時代です。
この事件で警官や白人の地主や客など数人が殺され、
襲撃事件を起こした5人のラスタマンも射殺、捕らえられた者は翌日処刑されました。

しかし当時の首相ブスタマンテはそれだけでは済まさず、
ジャマイカ西部に住むラスタファリアン達を撲滅させるためラスタファリアン投獄条例を出し、
この事件のことすら知らないラスタファリアンたちは警官隊のラスタ狩りにより、
反抗するものは拳銃で撃たれ、殴る蹴るの暴行を加えられ、女性や子供すらも投獄されました。

その時の暴行が原因で半数近くのラスタマンたちが死んだり
ハンディキャップを負い、まさにRASTAFARIの受難の時でした。

当時ラスタファリアンは社会から変人扱いされ、忌み嫌われていて、
髪もドレッドロックスを伸ばしていたものは人里離れた山中の洞窟や木の上などに住み、
社会生活を営む多くのラスタマンはドレッドを持たず、
ひげを伸ばすだけにとどめざるを得なかったと聞きます。
この事件を起こしたラスタマンたちもドレッド・ロックスを持たない髭を伸ばした男たちでしたが、
政府社会からはラスタファリアンだと認識されていました。


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このジャマイカ政府の非人道的な仕打ちを告訴し、
賠償を受けられるように働きかけるラスタファリアンのラスタファリアンのための集会として、
このメモリアル・イベントが毎年行われています。

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